街角10min

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021 クライネ・シャイデック
普段は歩かない人間が
ハイキングで見たもの・感じたこと
 空気は澄み切っている。日の差す場所では少し暑く感じるが、カラッと乾いた風が心地よく、山歩きには絶好の日和だ。雲はさほどなく、目の高さにポツリポツリ気まぐれに漂っている。谷の方を見ると、少し多めの雲が山肌にへばり付くように積もっている。雲海と言うには頼りないが、絶景にふさわしいアクセントの役割を存分に果たしていた。

 眼の前には、圧倒的な存在感のアイガーがそびえている。なるほど、あれが北壁か。あの垂直の壁を登ろうなんて、登山家という生き物はなんと命知らずか、と思いつつ、頂を目指す者で腕に覚えがあるなら、確かにここはチャレンジしたくなるな、と相反して共感も沸き起こる。山とは不可思議な気持ちにさせるところだ。日本ではたった15分程度の道のりを、時折タクシーに頼るという体たらくな選択をする人間に、2時間のハイキングをしてみようと決心させるのだから。まったく山は不可思議である。

 ベルン州の高地、という意味のベルナー・オーバーラント地方。スイスアルプスの代表的な地域で、ユングフラウ、メンヒ、アイガーの三名峰があり、雪深い冬はスキーリゾートとして、それ以外の季節は爽やかな山岳リゾートとして、世界中から愛される観光地だ。特に登山鉄道は秀逸で、標高3454mのヨーロッパ最高地点の駅ユングフラウヨッホを目指す観光客は、季節を問わず1年中やってくる。その登山鉄道の乗換駅として、標高2061mの地点にクライネ・シャイデック駅がある。森林限界を超えているため大きな木々はほとんどなく、真っ黒な岩肌のアイガー北壁を遮るものはない。

 クライネ・シャイデック駅にはそれほど多くの人がいたわけではなかった。世界に名立たる有名なハイキングコースにもかかわらず、想像していたより歩いている人が少ないことに驚く。まさに貸し切りといった風情だ。デイパックのストラップを調整して背負い直し、駅の裏側へ回って、のんびりとだが一歩一歩進み始めた。
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街角10minとは… 旅のショートショート『街角10min.』 目の前で起こる偶然は、私だけのストーリー。旅先では、ひょんな出会いが、一生の思い出に…。ふと感じる、街角の数分間。 そんな、夢にも似た物語をお送りします。