サーリセルカ

022

オーロラより貴重な
少ししか姿を見せない太陽

サーリセルカ フィンランド

 サワッサワッと、音がしたような気がする。気のせいか…。いや、かすかに聞こえる。ゾーッゾーッというような音と、枝が擦れるような音もしてきた。どれも聞き覚えがない音なので、それが音なのか定かではないが、確かに、音が漂っている。

 午後9時を少し過ぎた寒くて風のない夜、空に巨大なオーロラが舞い始めた。黄緑色をベースに、白っぽい色や青っぽい色が不規則に混ざり合い、美しいカーテンになる。すぐ後ろに新しいカーテンが誕生すると、今までのものはフワッと消え去る。3秒ほどの間を空けて、今度は左の方から現れた。これは複数色のものではなくて、ほぼ黄緑一色。しかし、決して地味ではなく、やはり華やかな舞を披露してくれた。かすかだが、カッカッという音も聞こえてきた。誰かが何かをしているわけでもないのに、光のショーと不思議な音の競演が目の前で繰り広げられている。あまりに美しく、あまりに儚げなので、誰も声を発することができずにいる。

 人口約350人の小さな町サーリセルカ。フィンランド北部の北極圏内に位置し、冬はオーロラ観賞の拠点となる。住人は犬も含めてほとんどが顔見知り。観光客であっても、2日も滞在すればもう知り合いだ。事実、昨日すれ違ったオスのフィニッシュ・ラップフンドに再会したときなどは、まるで「また会ったね」とでも言っているかのように、尻尾をフリフリさせて近寄ってきたくらいだ。辺りは一面の雪景色で気温は低いが、このように歓迎されると温かい気持ちになる。

太陽 サーリセルカ ランプランド地方 フィンランド

 雪が積もった地面はキュキュッと締まっていて、思っていたほど歩きにくさは感じない。極北に来るのだからと奮発して手に入れた防寒着のおかげで、寒さも難なく凌げている。このところのオーロラは機嫌がいいようで、毎夜のように姿を見せては、魅惑の舞を披露してくれていた。この辺りは雪原と森ばかりなので、少し時間を持て余すこともあったが、「あるひとつのこと」を除いて、サーリセルカを存分に満喫している。そのひとつとは、太陽がほんの少ししか姿を見せないこと。数日経っても、なかなか慣れない。

 この辺りでは、12月上旬から1月上旬の約1ヶ月間、太陽がまったく姿を見せない極夜(きょくや)が続く。といっても、10〜14時の4時間ほどはうっすらと空が明るくなるため、まったくの闇夜というわけではない。今日は2時間ほど太陽の姿を見ることができたので極夜ではないが、これほど夜が長いと物悲しい気分になる。だからこそ、フィニッシュ・ラップフンドの「あの歓迎」は、この地ならではの欠かせないエッセンスなのである。

 スーパーマーケットに立ち寄って美味しそうなクッキーを買い込み、町外れの高台まで歩いた。ちらっと顔は見せるが、地平線付近から浮上しようとしない太陽を見物するために。確かに、ここにはオーロラ観賞のためにやってきた。しかし、朝日と夕日がごちゃまぜになった物憂げな太陽も十分に観賞に値する。ひょっとすると、オーロラより貴重なのかもしれない。

フィニッシュ・ラップフンド 犬 ランプランド地方 フィンランド

 私たちの暮らす温帯にあっては、オーロラは一生かかってもお目にかかれないシロモノだ。だからこそ奮発してここまでやってきて、数少ないチャンスを狙っては一喜一憂する。しかし、ここに暮らす人々にとっては日常茶飯事の光景なので、空に美しい光が舞っても気に留めようともしない。慣れっこなのだ。もちろん、朝日か夕日かわからない太陽にもつれない素振り。

 再びオーロラ観賞に出かけた。風はほとんど無く、澄んだ空気が寒さを際立たせる。雲はいくつか浮かんでいたが、観賞に影響はない程度。今日も幸先がいい。送迎の車が昨日と同じ雪原に到着すると、各々が昨日と似たようなポジションにつき撮影の準備を始めた。大口径のレンズを一眼レフのカメラにセットしていた男性は、使い捨てカイロと毛布でカメラ全体を覆い、来たるべき瞬間に備えている。すると、「挨拶代わり」とばかりの小さめのカーテンが北の空に舞った。一瞬全員がざわめいたが、すぐに無口になり空を見つめる。次の舞いがやってくるまでは少し間が空いたが、みな無口のまま静寂の夜空を見上げている。私たちを案内したガイドは、これから盛大に始まるであろう魅惑のショーには興味を示さず、雪だるまならぬ「雪ユニコーン」を作り始めていた。そしてまた、微かな音が耳に届いた。

 半年後、陽が沈まない季節に、再びここを訪れたいと思う。夜が来ないとはなかなか想像できないが、休むことなく陽を浴びる大地は、極北らしい瑞々しさを見せてくれるだろう。あのフィニッシュ・ラップフンドは、私を覚えてくれているだろうか。

オーロラ 雪だるま ユニコーン ランプランド地方 フィンランド

参考までに…

 オーロラが美しいということは、辺りが真っ暗ということ。ということは、例外なく星空が美しいです。この季節は夜が長く、「星空が美しい」ことに慣れてしまうので、それ自体語られることが少なくなってしまいがちです。オーロラが本気を出していなくても、眩い星たちのパワーが心をざわつかせます。

文:

街角10minとは… 目の前で起こる偶然は、私だけのストーリー。旅先では、ひょんな出会いが、一生の思い出に…。ふと感じる、街角の数分間。 そんな、夢にも似た物語をお送りします。旅は、いいものですね。

サーリセルカ(フィンランド)
 人口約350人の小さな町。オーロラ観測のベースタウンで、ほとんどの人が観光業に属しています。レストランやギフトショップ、ホテル、スーパーマーケット、教会などのすべてが徒歩圏内。魅力がギュッと凝縮された極北のリゾート地です。
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 人口約6万人のラップランド地方の州都。近郊にはサンタの家やサンタ郵便局などが集まったサンタクロース村があり、ラップランドの玄関口として、国内外から年間50万人もの旅行者が訪れます。北極圏までわずか8kmに位置するため、オーロラ観賞にもうってつけです。
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 北米でのオーロラ観賞は、イエローナイフが人気です。北欧と北米でオーロラの見え方に違いはありませんが、イエローナイフの特徴として、ティーピーと呼ばれる大きなテントがあげられます。中では暖炉や温かい飲み物が用意され、暖まりながら待機することができます。
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