ハバナ

013

物足りなさを解決する
ここにしかないアミーゴ感

ハバナ(キューバ)

 町のどこにいても、魅惑的な音楽が耳に心地いい。音調はゆったりとしていてゆるいムードだが、演奏は相反してアツく、ミュージシャンたちはいずれも真剣な顔つきだ。そして、それを聴く地元の人たちは、どうしても体を動かさずにはいられない。みるみるうちに周囲の皆が笑顔になって、リズムを刻んでいくのがわかる。

 突然、地元っ子らしき若い男性が、近くで見物していた観光客であろう初老の白人女性の手を取った。「ワン・トゥー・アンド・ワン・トゥー」とつたない英語を話しながら、バンドの前に躍り出る。女性は周囲に目配せをし、災難が降り掛かったとばかりに肩をすぼめてみせたが、若者は見事なリードで女性にステップを促す。即興サルサ教室が幕を開けた。確かに初めはたどたどしかった。しかし、ものの30秒でリズムを掴み、1分もすると若者の右手でクルリと回ってみせる。その瞬間、ドッと歓声が沸き上がった。女性は少し照れくさそうな笑顔を浮かべながら、周囲の人だかりに軽くあいさつ。若者も軽く会釈をして即興サルサ教室の第一幕が終了した。

 すると、今度は女性4人が横一列になってサルサの基本ステップを踏み始めた。それがあまりにもわかりやすかったため、取り囲んでいた観客の多くが真似ていく。少し難しいステップを交えても観客は見事についていき、瞬く間にそれらしくなっていく。ステップを踏まない人が手拍子で参加すると、約20人ほどの集団はここにしかない一体感に包まれ、一期一会のライブ&ダンスは最高潮を迎えた。

 ハバナを歩いていると、そこかしこで目に飛び込んでくる風景がこれだ。プロもアマも観光客も関係なく、ぜ〜んぶがカッコいい。一緒に踊ってみたいが、日本人特有の「恥ずかしさ」が顔をのぞかせ、つい傍観者になってしまう。そして、美しい時間はアッという間に過ぎ去っていく。いけない、もうすぐ夕食の時間だ。集合場所に急がねば。

ハバナ キューバ 広場 ダンス

 キューバの首都ハバナは大都市だ。しかし、他の国の大都市にあるようなブランドショップや、おしゃれなアーケードなどはまだまだ少ない。華美に飾られた営利追求商品を扱うことがほとんどないから、観光客は総じて物足りなさを感じることになる。しかしここはキューバ。先ほどのような爆発的な場面がそれに取って代わり、人懐っこい地元の人々の振る舞いが、私たちを温かく包み込む。同じ時、同じ場所にいれば、男も女も、老いも若きも関係ない。ここでは皆がアミーゴ(友達)というわけだ。ある種の物足りなさは、“それ”が一気に解決してくれる。そもそも、その物足りなさこそハバナの魅力のひとつなのだが。

 集合場所に行く道すがら、来た道とは別の路地を進むと、真新しいカフェを発見した。建物自体は石造りの年代物で、一見銀行を思わせる重厚さ。しかし、中を覗くと壁が白で統一されたシンプルな内装で、なんだかキューバっぽくない。メニューは英語。フレッシュフルーツプレートやブレックファストプレートなどとある。客層は若者の旅行者ばかりで、その多くがラテアートが施されたコーヒーを楽しんでいた。そこにいる人たちにアミーゴ感は感じられない。「ここはニューヨークか?」と感じるほどおしゃれな風情だったからだ。なるほど、2015年のアメリカとの国交正常化以降、こんなところに変化が起きているのだなぁと実感する。旅行者が求めるキューバらしさはここにはないが、これもまたリアルなキューバ。時間があれば、明日また覗いてみようと思う。

 集合場所に近づくにつれ、再び喧騒が戻ってきた。ハバナで最も賑やかとされるオビスポ通りを中央公園の方へ進む。この時間はほとんどのレストランやバーがピークタイムの直前のようで、多くの店でバンドメンバーがリハーサルをしているのを見かける。楽譜のチェックをしたり、ギターのチューニングをしたり…。

 入り口も窓も開け放たれた白壁の店では、音合わせが始まっていた。空いたテーブルに揃いのシャツの男たちが4人。まずは、コンガが小気味いいリズムを刻み始めた。すかさずフルートが絡む。4小節ほどのパートを3度繰り返すと、今度はギターが入ってきた。もうひとりのギターもそのあとに続き、フルートとのセッションを開始。さらに、コンガの見事な連打で変調をすると、ギターのふたりはニヤリとして…。しかし、これはあくまでリハーサル。ところが、その凄まじいエネルギーに通行人は足を止め、思わず店内を覗き込む。そしてそのうちの何人かは店に入っていった。

ハバナ キューバ ラ・フロリディータ フローズンダイキリ

 ヘミングウェイが足繁く通っていたこともあって、「ラ・フロリディータ」はいつも観光客で賑わっている。ヘミングウェイの銅像があるカウンター端には順番待ちの列ができていて、思い思いのポーズで記念写真を撮っている。ここは食事ができるレストランでもあるが、お目当てはフローズンダイキリだ。地元産のラム酒ハバナクラブをベースに、ライムジュースとさくらんぼのリキュールと砂糖をクラッシュアイスでミキシングしたカクテルで、ここにやってくる客のほとんどがこれを注文する。

 カウンターには4台のミキサーがあり、これがひっきりなしに稼働する。まず、砕かれた氷とライムジュースらしき液体が入れられ、4台ともスイッチオン。すると、バーテンダーはハバナクラブのボトルを両手に持ち、それを高々と掲げてミキサーにドボドボと注ぎ込む。しかも目分量で。次いで結構な量の砂糖を入れると、また両手でそれぞれのミキサーにハバナクラブをドボドボと追加投入する。徐々にミキサー内はクリーミーになっていき、荒い氷でガラガラと鳴っていた音がまろやかな音に変わっていった。そのタイミングに合わせて20個を超える巨大なマティーニグラスを準備し、最後にマラスキーノ(さくらんぼのリキュール)を隠し味のようにミキサーに入れて完成。それを並べたグラスにリズミカルに注ぎきると、ただカクテルが出来上がっただけなのに、指笛混じりの歓声が沸き起こる。バーテンダーは軽く会釈。合計22杯のフローズンダイキリは、瞬く間にカウンターから消えていき、そのうちのひとつが目の前に届いた。

 この店で味わうフローズンダイキリは、ヘミングウェイが通っていた頃から何十年経っても変わらないキューバらしさのひとつだ。しかし、キューバは確実に変わり始めている。この時代だからこそ味わえるキューバ。10年後に再び来たら、また何かが変わっているのかもしれない。最後にもう一杯、パパ・ヘミングウェイを注文した。

参考までに…
 「ラ・フロリディータ」は、ヘミングウェイが愛した1817年創業のレストラン&バー。酒豪のヘミングウェイは、この店のフローズンダイキリでは飽き足らず、ラムをダブルにし、甘みのための砂糖をグレープフルーツジュースに替えたかなりドライなものを特別に作らせていたそう。それを1日に12杯以上も飲んでいたいう逸話が残っている。その特別レシピのダイキリは、トールグラスに入れられた「パパ・ヘミングウェイ」として今も健在。誰でも注文することができる。ヘミングウェイ好き、酒好きの方はぜひ。

文:

街角10minとは… 目の前で起こる偶然は、私だけのストーリー。旅先では、ひょんな出会いが、一生の思い出に…。ふと感じる、街角の数分間。 そんな、夢にも似た物語をお送りします。旅は、いいものですね。

ハバナ
60年代さながらにクラシックカーが走る「時が止まった都市」ハバナ。コロニアル様式の建物がそのまま残る旧市街と要塞群は1982年に世界遺産に登録。文豪アーネスト・ヘミングウェイが愛した町としても知られています。
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