ランス

019

シャンパーニュの故郷から
自分宛てに絵はがきを送る

ランス フランス

 ここの消印が押されたものを届けたくて、ぶどうの果実が “どアップ” の絵はがき3種と、女性の肖像画が描かれた切手を購入した。ピノ・ノワールは両親に、ピノ・ムニエは飲み仲間の旧友に、シャルドネは自分宛てに。しかし、昨日の夕食時に堪能したシャンパーニュとマール・ド・シャンパーニュのおかげで、それぞれ住所しか書き終えていない。その住所の欄ですら、千鳥足さながらに「Par Avion」の「n」がはみ出る始末。しかも、切手まで少し斜めに貼ってしまっていた。本来なら、3枚とも昨晩までに書き終えて、ホテルを出発するときにフロントに出してもらうよう依頼するつもりだった。しかし、それは叶わない。今日の午後にはこの地を離れてしまうのでチャンスは朝しかない。少し早起きして、朝食のレストランには一番乗りで入った。

 シャンパーニュの故郷ランスには、世界中から「泡愛好家」が詰めかける。普段は赤や白などのワインを嗜む場面でも、取り合わせの定説を一旦リセットして、ここではあえて「泡」を選ぶ。そして、誰もが “シャンパーニュが育つ環境” にも注目する。カーヴだ。

 ガイドの話によると、この地がローマ帝国に併合された中世当時、街の建設のために地下から膨大な白亜質石灰岩が切り出された。そして、そこにできた空間は温度と湿度が一定であったことから、ワインづくりにもってこいということになったという。陽当たりの良い丘陵地には良質のぶどうが実り、地下の石は地上の壮麗な建物に変わり、できた空間には数え切れないほどのシャンパーニュが眠るカーヴになる。争いのときには防空壕代わりになって人々の命を救ったというし、偶然とはいえ、あまりに劇的で象徴的だ。しかも、現代においてもそのすべてが現存するというのだから、出向かないわけにはいかない。そして、飲まないわけにはいかない。

シャンパーニュ地方 地下 ワインカーヴ フランス

 昨日の夕食は本当に素晴らしかった。前菜で出てきたサーモンのタルタルには、グレープフルーツだろうか、ほんのりと柑橘系の隠し味が効いたジュレが添えてあって驚きの美味しさ。軽やかな食感となめらかな舌触りが同時に広がり、あちこちから感嘆の声が上がる。ソムリエおすすめの前菜に合わせたシャンパーニュとの取り合わせも絶妙だったので、この旅で知り合った同席の4人で注文したボトルの中味は、あっという間に消え去ってしまった。すると、同席の一人が「メインにもう一本?」と言い出す。「そうですね!」ともう一人。4人の意見は一致し、即座にソムリエを呼ぶ。言い出した一人が空になったシャンパーニュのボトルを指差してニコリと笑うと、ソムリエもニコリとそれに答えた。

 メインプレートの登場に合わせてやってきたソムリエは、デギュスタシオンに私を指名してきた。少しだけ緊張しながら、まずは色味からチェック。ソムリエ曰く、先ほどのは軽い飲み口のもので、これは濃厚なものだそうだ。確かに。香りだけでそう感じる。先ほどのものよりさらに泡が細かく、色も濃い。軽く頷くと、残りの3人のグラスにも注がれていった。2本めのシャンパーニュは、マスタードのような風味が効いたソースの余韻を後押しするにとどまらず、自らの濃厚さも存分にアピールしてきた。塩味のものならなんでも甘く、かつ旨くしますよ、とばかりに。この国には魅惑の赤ワインが星の数ほどあるが、シャンパーニュは肉料理にも十分に威力を発揮することを思い知らされたひとときだった。

 数種類のベリーで彩られたミルフィーユをデザートにいただいた後、調子に乗って食後酒を頼んでしまった。ぶどうの搾りかすを蒸留してできるマール・ド・シャンパーニュ、すなわちこの地特産のブランデーだ。高いアルコール度数の割には飲み口が柔らかく、なにより香りが素晴らしい。しかし、これがいけなかった。

シャンパーニュ地方 シャンパーニュ ディナー イメージ

 一番乗りしたレストランでは手早く朝食を終え、ギャルソンに片付けをお願いした。おかわりしたカフェオレをいただきながら、早速絵はがきを書き始める。どうやら周りから見るととても優雅に映るらしい。仲間数人から声を掛けられたのみならず、このテーブルを担当するギャルソンも「ザッツ・ナイス!」と感心したようだった。おやっ、英語? 

 店内のBGMには、グレン・ミラー楽団の『チャタヌーガ・チュー・チュー』が流れている。コミカルなメロディの助けもあってリズミカルに書き進められた。両親には、風光明媚な街並みとほのぼのとしたぶどう畑の様子を、飲み仲間の旧友には、昨夜の夕食の素晴らしさを自慢話のように書いた。そして自分宛てには、飲み過ぎで夕食後に絵はがきを書くことができなかった事実、2本のシャンパーニュの銘柄、食後酒としていただいた “あの” 逸品、そして朝食を早く食べ終えてこれを書いている、などを綴った。まるで報告書のような内容だが、自分宛てに書いたものは帰国後に読むと格段に楽しい。それはいつのときも変わらない。

 帰国し日常に戻ると、旅先での浮かれた気分はスーツケースよろしくどこかにしまい込まれてしまう。そんな状況で読む「現地のことば」は、それが報告書のような内容とはいえ、狂おしいほどくすぐったいもの。しかも、リアルタイムに近いスピードで届くSNSに比べ、忘れた頃にヒラリと届くのだからなおさらだ。雑に押された消印、妙な懐かしさ、自分とは思えない浮かれた表現、後半になるにつれ小さくなっていく文字…。若い頃から続けてきた自分宛ての絵はがきは、情報伝達が格段に発展した今でもやめられない。

 ギャルソンが、カフェオレのおかわりを持ってきた。おやっと思った。ソーサーに小さなクッキーが添えられている。頼んでいないので少しびっくりしたような顔をすると、ギャルソンはおどけたような笑顔でウィンクをし、次のテーブルへと向かう。早起きして、良かった。

ポストカード 絵はがき イメージ

参考までに…

 インターネットの普及から、情報伝達はさまざまな方法で早く正確に行われるようになりました。そのせいもあって、絵はがきの活躍の場は減少の一途をたどっているように感じます。しかし、絵はがきには絵はがきなりの役割と機能と楽しさがあります。自分宛てなら、それを “検証” することもできますから、ぜひ試してみてください。絵はがきを探して買うことも、手書きで記すことも、切手を手に入れて発送することも、現代としてはすべてが面倒なことですが、その面倒がなかなか楽しいのです。

文:

街角10minとは… 目の前で起こる偶然は、私だけのストーリー。旅先では、ひょんな出会いが、一生の思い出に…。ふと感じる、街角の数分間。 そんな、夢にも似た物語をお送りします。旅は、いいものですね。

ランス(フランス・シャンパーニュ地方)
シャンパーニュ地方の中心都市。ノートルダム大聖堂では、フランク王国の初代国王クローヴィスから19世紀に至るまで、計26人の歴代フランス王の戴冠式が行われました。1945年、ドイツ降伏条約調印の地としても知られています。
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ボルドー ワインボトル いかり肩
ボルドー
(ボルドー地方)
世界に名だたるボルドーワインのお膝元。ボトルの形は「いかり肩」です。複数のぶどう品種をブレンドして、複雑かつ豊かな風味を実現しているものが多いのが特徴です。生産量のうち約90%を赤ワインが占めています。
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ブルゴーニュ ワインボトル なで方
ディジョン
(ブルゴーニュ地方)
白ワインの代表品種シャルドネ誕生の地であるブルゴーニュ地方の中心都市。ボトルの形は「なで肩」です。基本的に単一のぶどう品種で作られるものが多く、畑の性質や生産者の特徴がダイレクトに表現されるのが特徴です。
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