ブリスベン

015

ほんのりユーカリの香り
可愛らしい生命を抱きしめて

ブリスベン(オーストラリア)

 スヤスヤと眠っている。真横に伸びた枝にヒョコッと乗って、体をキュッと丸めて。あぐらのように折り畳んだ後ろ足ごと抱え込むように、手(前足)で幹をしっかりと掴んでいる。その肘あたりにあごを乗せて、耳は垂れておやすみモード。なんとも気持ちよさそうで、寝息が聞こえてきそうだ。時折、薄く目を開けるが、またすぐに閉じる。いやはや、かわいいにも程がある。今度は後ろ足を伸ばし、頭をボリボリとかき始めた。この動きだけ妙に素早く力がこもっていたが、3秒ほどで終えると途端にゆっくりになって、後ろ足をまた元の位置に戻して、再びスヤスヤと眠りにつく。こじんまりと丸まった姿は、表現しがたいほどの安心感に満ち溢れていた。

 眠りに落ちたコアラを3mほどの至近距離で見学していた女性は、手にカメラを持ってはいるものの、無垢なその姿にシャッターを押すのをすっかり忘れてしまっていた。隣りにいた友人らしき女性もまたしかり。ふたりは会話をすることもなく、ただただ眠る姿に心を奪われ、身動きもせず見入ってしまっている。しかも、ここで展開されるすべてを脳裏に焼き付けようとしているのか、眉間にシワを寄せて目尻は下げっぱなし。コアラのスヤスヤ安眠タイムは、見ている方も至福のひととき。究極の癒やしに満たされている。

 突然、左前足がダランと下に垂れた。しかし、目は開かず、スヤスヤは継続中。その寝姿に、見ている誰もが振り回される。

コアラ オーストラリア イメージ

 コアラとのご対面はこれが初めてではない。淡路島を旅行したときに、「淡路ファームパークイングランドの丘」でお目にかかった。木の上で眠る可愛らしい姿はそこで “経験済み” 。しかし、この体験がもとで「抱っこしたい」願望は一層高まり、ついにはオーストラリアまで足を運んでしまった。そして、その念願がいま叶おうとしている。

 ローンパイン・コアラ・サンクチュアリは、ブリスベンから車で20分ほどのところにある世界最大のコアラ保護区だ。カンガルーやワラビーなどが放し飼いにされたエリアあり、シープドッグによる羊追いショーあり、鳥類や猛禽類の飼育もしているオーストラリア屈指の動植物の楽園で、ブリスベン観光の目玉だ。

 オーストラリアなら多くの施設でコアラを見ることができる。しかし、意外なことにどこででも「抱っこ」できるかといえばそうではない。パースがある西オーストラリア州、アデレードがある南オーストラリア州、ブリスベンやゴールドコーストがあるクイーンズランド州では抱っこ可能だが、それ以外の州では禁止されている。コアラはストレスに弱く、一日に30分程度しか抱っこの時間にあてられないためだ。

 先ほどの女性二人は、今度は2頭でじゃれ合っているコアラに夢中になっていた。掴みかかろうとする1頭から逃げようと、もう1頭は想像していたより素早い動きで木に登ろうとする。追いかける方は諦めない。後ろ足で蹴散らされても、しつこく絡みついた。そして2頭とも木から転げ落ちて…。二人は相変わらず、シャッターを切るのを忘れて見入っていた。

コアラ オーストラリア イメージ

 いよいよだ。カーキの制服を着た女性スタッフが近づいてきた。彼女は、L字型に立てた左手にコアラを連れながら、右手一本でレクチャーを始めた。順番待ちの間、何人もの人が愛くるしいコアラを抱っこするのを見ていたので、どうすればいいのかは簡単に理解できた。上に向けた両掌をおヘソのあたりにスタンバイすると、「手を上げたり、動かしたりしないで」とわかりやすい英語で伝えた途端、何のためらいもなくコアラのお尻をトンと乗せ、鎖骨の少し下辺りに爪が立たないようにそっと手を置いてきた。コアラも慣れたもので、その体制のまま見事に胸の中に納まると、私の方には目もくれず、ツアー仲間の方に視線を向ける。そこで、一斉にシャッターが切られた。慣れていないのはこちらの方で、私が仲間の方を向けたのは数秒遅れてだったように思う。

 感動は遅れてやってきた。確実に母性がくすぐられているのがわかる。きっと顔は、笑顔と泣き顔とを足して二で割ったようになっていただろう。見た目はぬいぐるみみたいだが、ほんのりとユーカリの香りがするしっかりとした命。すっぽりとこの胸に納まった姿を見逃すまいと、右から左から、心ゆくまで可愛らしい “生命” を堪能した。
 コアラの顔が見えない、とのリクエストに答えて、少し左に向きを変えた。その際、少しだけ揺れてしまったのか、脇の下にあったコアラの右手の爪に力が入った。掴まれているのがはっきりとわかる。痛くはないが、十分な力だ。嬉しいやら、申し訳ないやらの感情で、また胸が熱くなる。この子とずーっと一緒にいたいと本気で思った。

 夢のような時間は、あっという間に終わりを迎えた。スタッフは、またも何のためらいもなくこの子を引き剥がし、L字型に立てた左手に簡単に納める。そして軽く会釈をすると、次の観光客のもとへ歩いていった。寂しさの感情が瞬間的に高まったが、まるで心理カウンセリングを受けたかのようなまろやかな気持ちがそれを上回る。オーストラリアまで来て本当に良かった。と思うのと同時に、なぜかコニーという名が頭に浮かんだ。男の子だったのか女の子だったのか、すっかり聞くのを忘れていたが、コニーならどちらでもいい。勝手にそう名付けることにした。

参考までに…

コアラの睡眠
コアラはユーカリばかりを食べることで知られています。そのユーカリ、実は毒性があって他の草食動物は手を出しません。コアラはその毒を消化できる体に進化したため、いままで命を繋ぐことができたのです。しかし、解毒作用を伴うユーカリの消化には膨大なエネルギーが必要なので、一日18時間以上眠って英気を養わなければなりません。コアラのスヤスヤにはこんな理由があったのです。

文:

街角10minとは… 目の前で起こる偶然は、私だけのストーリー。旅先では、ひょんな出会いが、一生の思い出に…。ふと感じる、街角の数分間。 そんな、夢にも似た物語をお送りします。旅は、いいものですね。

ブリスベン
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