ロンドン

020

大都市ロンドンで繰り広げられた
思わずホッコリの名場面珍場面

ロンドン イギリス

 あまりの人出で、バッキンガム宮殿のゲート周辺まで辿り着けなかった。1時間以上も前に場所取りをする者が大勢いるため、満員電車さながらの混雑ぶり。運良くあそこに滑り込めても、あの混みようでは肝心の衛兵交代式は見られないのではないか、と思ってしまうほどだ。したがって、遅れを取った人の多くが、宮殿前から真っ直ぐに伸びるザ・マル(The Mall)と呼ばれる通り沿いに陣取る。ここなら衛兵の行進を見学できるし、終わった後は、隣接するセント・ジェームス・パークでのんびりすることもできる。動と静の切り替えが瞬時にできるベターなポジションだ。
 いよいよ衛兵の行進が始まると、ザ・マルの沿道にも多くの人が押し寄せて身動きができないほどになっていた。真っ赤な制服を纏った衛兵たちが、美しく隊列を組み段々と近づいてくる。とても壮観だ。靴の音がザッザッと轟き、背筋がピンと伸びた衛兵たちがさっそうと通り過ぎていく…。
 5歳くらいの男の子が、沿道の最前列に躍り出る光景が目に飛び込んできた。彼は衛兵とそっくりな、おそらく母親のお手製であろう赤の衣装を身に着けていて、そのあまりの可愛らしさは群衆の視線を独り占めする勢いだ。彼は隊列が目の前に差し掛かると、口は真一文字に、大真面目な顔で敬礼をした。その姿勢のまま我慢強く耐えるのだが、時折り敬礼する手が下がってきてしまう。後ろにいる父親から背中をポンと突かれると、下がってきた手を慌てて元に戻す。その度に周囲が少しだけざわつく。近くにいた初老の男性は、望遠レンズを携え男の子の前に隊列が差し掛かる瞬間を狙った。男の子はひたすら敬礼を続けている。辺りは例えようのないホッコリとした空気に包まれた。

バッキンガム宮殿 ロンドン 衛兵交代 衛兵

 衛兵たちの行進が終わると、大観衆は次なる目的地へと散り散りになった。時間に余裕がない集団は慌ててバスに乗り込んだし、余裕がある人々は公園へと向かった。真剣に敬礼をした男の子の姿は確認できなかったが、男の子の話で盛り上がる人はあちこちにいた。中には撮った写真を見せ合って交換している者まで。主役であるはずの衛兵たちより、多くの人の心を捉えたのは間違いないようだった。
 ひとたびセント・ジェームス・パークに足を踏み入れると、そこが都会のど真ん中であることを一瞬にして忘れさせられる。周囲の建物は生い茂るプラタナスに遮られて見えなくなり、そよぐ風に擦れる枝葉の音が、乗用車の排気音に取って代わる。みな思い思いの速度で歩き、ワッフルをつまみ、芝生の上に腰を下ろす。小鳥がさえずり、池にはカモが舞い降りてスイスイ進み、水辺から這い上がってきたペリカンはヨチヨチ歩きの子供と同じスピードで歩き出す。セント・ジェームス・パークは市民の憩いの場であり、ロンドンでもっとも古い王立公園だ。一大イベントのために沿道に詰めかけていた人々は、見学を終えると水鳥と同じようにここで羽を休める。まるでそのために準備された公園のようだ。それにしても、“人の手は加えられていない”ように美しく手入れをする計画的な管理センスには感服する。

ロンドン セント・ジェームス・パーク ペリカン

 公園のホットドッグスタンドやトイレは長蛇の列だったので、南へ10分ほど歩いたところにある駅へと向かった。そこには、女王の名が付けられた「ビクトリア・レイルウェイ・ステーション」がある。トレイン・シェッド(巨大なアーチ)がプラットフォーム全体を覆っているとても美しいターミナル駅だ。セント・ジェームス・パークののんびりとした雰囲気とは対照的に、トラディショナルなジャケットを着込んだダンディーなオジサマが悠然と闊歩し、時計を気にしながら大きなスーツケースを転がす若者などでごった返す、都会ならではの空気が充満している。駅構内にあるスーパーマーケットで飲み物とマフィンを手に入れ、こうして駅を行き来する人を眺めていると、普段日本でせわしない暮らしをしているためか、妙に違和感なくこの流れにフィットしている自分に気が付いて、少しだけやるせない気分になった。
 インフォメーションカウンターの裏側にある自動券売機の前で、杖をついた白人の老婆がタッチパネルに顔を近づけ立っている。眼鏡に手をやり、体を起こしては悩み、明らかにまごついているようだ。すると、ペルシャ系だろうか、がっしりとした体格の20歳代の男性が声をかけた。彼は老婆の話を懇切丁寧に聞き取ると、慣れた手つきでタッチパネルを操作した。次に10ポンド紙幣2枚を老婆から受け取ると、券売機にそれを挿入して、出てきたお釣りとチケットを老婆に手渡した。さらに若者は、プラットフォームがどれかの説明をしたようで、自動改札の手前までゆっくりと寄り添うように歩いていく。そこで数往復の会話の後、老婆は嬉しそうな顔で若者にハグを求め、若者は少し照れた顔でそれに応じた。
 あの老婆は、無事に目的地にたどり着けるだろう。プラットフォームに向かう彼女の姿を見て、またホッコリとした気持ちで胸がいっぱいになった。先ほどの体験を伝心できるなら、あの “敬礼する男の子” の姿を見せてあげたかったと思う。優しさを全身に浴びたあの老婆にも、コンシェルジュのように振る舞ったあの若者にも。

文:

街角10minとは… 目の前で起こる偶然は、私だけのストーリー。旅先では、ひょんな出会いが、一生の思い出に…。ふと感じる、街角の数分間。 そんな、夢にも似た物語をお送りします。旅は、いいものですね。

ロンドン(イギリス)
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