018
“ 幻の鳥 ” ケツァールがお目当て 生命で溢れる低温ミストサウナの森
モンテベルデ コスタリカ
この旅のために、少し奮発してアノラックパーカーとトレッキングシューズを買い揃えた。いずれも高い防水機能を備えたもので、少々の雨なら傘いらずのアイテムだ。そのおかげで中の衣類は濡れることなく、順調に観光はできている。毎日同じものを着ているので味気ないが、思い切って選んだ明るめのオレンジ色は、旅先で知り合った仲間たちにすぐに覚えてもらえた。 二番目の吊り橋の対岸に近づいた頃、「クォン・クォン」と控えめな鳴き声が聞こえた。頭と尾が青緑で、胸が真っ赤、くちばしの先端が黄色という、一度見たら忘れられない艶やかな姿、“幻の鳥” ケツァールだ。この地域は生息数密度が高いと聞いてはいたが、彼らには彼らの暮らしがあるから、出合えるといってもそれはあくまで偶然のできごと。これは幸先がいい。鳴き声は、風で枝葉が揺れる音に掻き消されそうにかすかだが、私たちの心を沸き立たせるには十分だ。 どうやら2羽いるようだ。1羽は尾が長く、もう1羽は尾は普通なので、オスとメスなのかもしれない。ガイドは先に行ってしまったので確認はできなかったが、恐らくそうだろう。森に入ったばかりで、いきなりお目当ての登場。大慌てでカメラを構え、ズームレンズを最大までアップにした。美しい。付かず離れずの、カップルとしては微妙な距離を保ちながら、2羽のケツァールはさり気なくこちらを向いてくれている。シャッターを切った。すると、メスがほんの少しだけ尾を縦に振る。こちらの願いを知ってか否か、お決まりのポーズを決め込んでいるように感じる。吊り橋がぐらついていることに気が付くまで、夢中でシャッターを切り続けた。 ファインダーから目を離すと、瞬く間に周囲は人でいっぱいになっていた。この吊り橋はこんな人数に耐えられるのか。少し不安になったが、私以外はお構いなし。みな声を殺して、ジェスチャーだけで大騒ぎ。当のケツァールは落ち着いたもので、メスが一度反転して向きを変えた以外は、ほとんど動かないでいてくれた。その間4分あまり。メスが先に飛び立つと、後を追うようにオスが飛び立った。ため息とざわめきが混ざる群衆。大きな収穫にみな満足そうだ、一人を除いては。
エコツーリズム発祥の地コスタリカ。太平洋とカリブ海に挟まれた小国は、国土の4分の1を国立公園に指定して、その大自然を活かした持続可能な観光を生業としている。中でも、首都サン・ホセから車で5時間ほどのところにあるモンテベルデ自然保護区は、とても魅力的で、とても不思議だ。ここは熱帯雲霧林という希少な森林が広がる。マイナスイオンがたっぷりと充填された濃密な空気の中にいると、身も心も潤う感覚に包まれる。標高1100〜1500メートルに位置するため、熱帯地方なのに暑くはないし、湿度は高いのにムシムシ感もない。しかし、霧と小雨と密林が作り出す “低温ミストサウナ” の環境は、すべての生き物を「穏やか」にしているように感じる。大きな何かに守られているような、なんとも不思議で独特な雰囲気だ。 ケツァールが飛び立つと、人々はそそくさと吊り橋から順路に沿って行ってしまったが、たった一人だけ、まだ何かを探しているような仕草でとどまっている30代くらいの女性がいた。アメリカ人だろうか。手摺りを掴み、目には大粒の涙をためている。その先に何があるのか、何を探しているのか。枝葉の間から濃い霧が流れ込んできて、視界が霞んできたが、彼女は微動だにせず、視線も変えずにいる。大粒の涙が頬を伝う。鼻をすすり、右手の甲で涙を拭った。何があったのか気になったが、言葉も通じそうにないし、橋には誰もいなくなってしまったので、先へと進むことにした。 吊り橋と吊り橋の間の遊歩道にも、別の惑星に来たかのような鬱蒼とした森が広がる。霧が濃く立ちこめてくれば、なおさら昔のSF映画の世界に迷い込んだ気分になる。霧は視界を限定的にするが、そのおかげで風が見える。普段は見えないはずの空気の流れが、手前と先とで微妙に違うということまでわかる。仲間たちに追いつくのにほんの数分しかかからなかったが、その間はたった一人。心細くなかったといえば嘘になるが、普段は感じられないワクワク感がそれを遥かに上回る。本当に不思議な感覚…。
スカイウォークの起点となるビジターセンターの脇には、野生のハチドリが観察できるハミングバードギャラリーがある。ホバリングして飲めるように工夫されたハチドリ専用の容器はなかなか秀逸で、飲み口のところは黄色い花に見立てた装飾がなされている。もちろんその容器にはハチドリのためのネクター(花の蜜に見立てた砂糖水)が入っているのだが、さまざまな昆虫の類もドサクサに紛れて飲み口のところにやってくる。華麗なホバリングで接近してきた紫色のハチドリは、そんなことはお構いなしとばかりに、飲み口にくちばしを突き刺す。2秒ほどネクターを吸うと、昆虫たちには少しも触れることなく、華麗な動きで次なる飲み口へ。また別のハチドリが来ては、それを繰り返す。それが目と鼻の先で行われているのだからたまらない。人差し指を差し伸べると、それを止まり木がわりにしてネクターを吸い出したではないか。感激…。 吊り橋で一人涙していた女性が、友人と共にやってきた。もう先ほどとは違って笑顔になっている。聞けば、長年共に暮らしたオウムが最近亡くなってしまったのだとか。霧深い森で鮮やかな鳥を見て、在りし日を思い出したのだろうか。いずれにしても、この森は彼女の心を癒やしたに違いない。この森からは、生命で溢れているが故の寛容さを感じるからだ。人間としてではなく、地球に住むひとつの生命としての自分にも気付かせてくれるからだ。そして、すべての生命のためには、こんな環境が必要なのだと、ここにいると切に思う。 西側からまた霧がやってきた。あっという間に辺りが真っ白になり、視界は10メートルほどに狭まった。木々は見えない。人の声は聞こえるが、姿は3人ほどしか見えなくなってしまった。しかし、目の前では相変わらずハチドリがホバリングをしながらネクターを吸っている。小さな生命が、躍動している。
参考までに… 熱帯雲霧林 主に熱帯もしくは亜熱帯地方の高地に見られる、1年を通して霧や小雨が多い森林をいいます。湿度が高く、コケ類やシダ類、土壌に根を下ろさず岩盤や他の木に根を張る着生植物など、多様性に富んだ生態系が存在します。熱帯とはいえ1000〜1500メートルの高地ですから気温は20℃前後。とても過ごしやすく、観光がしやすい環境です。 スカイウォーク モンテベルデ自然保護区の木々は30〜40メートルの高さ。その上部に計8本の吊り橋を掛けて、1周約3キロメートルのトレイルコースを作っています。吊り橋はもともと研究者のために作られたものですが、今では一般開放され観光の目玉です。鳥の目線で眺める風景はまさに圧巻。時折、姿を見せる色鮮やかな鳥たちに心が洗われます。 なお、吊り橋ごとに橋の長さや高さ、最大の人数が明記されています。決して揺さぶったりしないように。
街角10minとは… 目の前で起こる偶然は、私だけのストーリー。旅先では、ひょんな出会いが、一生の思い出に…。ふと感じる、街角の数分間。 そんな、夢にも似た物語をお送りします。旅は、いいものですね。
- モンテベルデ(コスタリカ)
- 気軽に観光できる熱帯雲霧林の代表格。ケツァールが見られるベストシーズンは12〜4月ですが、その他の時期でも観察することができます。霧は時期を問わずやってきては深い森を潤します。鬱蒼としているにもかかわらず、蚊などの害虫が少なく観光しやすいのもポイント。
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- キャメロン・ハイランド (マレーシア)
- 標高1500メートルに位置するマレーシアの高原避暑地。丘陵地には広大な紅茶畑があり、英国式アフタヌーンティーでゆったりと寛げます。かつては濃い霧が立ち込める熱帯雲霧林帯でしたが、微妙な環境変化で近年では霧は出なくなったようです。
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- 屋久島 (鹿児島県)
- 言わずと知れた世界遺産屋久島。推定樹齢7200年の縄文杉をはじめとする豊かな原生林に覆われた自然愛好者の聖地です。熱帯ではありませんが、ここは温帯雲霧林帯に属します。霧、小雨、屋久杉が発する新鮮な酸素…。雲霧林の日本代表です。
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